
海に張った網を、島の大人と子どもたちが力を合わせて手繰り寄せる。久高島に受け継がれてきた、追い込み漁。とれたての魚を、自分の手でさばき、その場で味わう。世代を超えて受け継がれた暮らしと知恵が、子どもたちの手へ、やさしくつながる。


この日に行われた追い込み漁は、久高小中学校・幼稚園が年に一度おこなう一大行事です。海に張った網へ魚を追い込み、皆で手繰り寄せる、島に古くから受け継がれてきた漁。児童生徒や保護者だけでなく、島の住民やウミンチュも加わって、島ぐるみでおこなわれます。学校行事に地域の人々がともに関わるのは、久高島ならではの姿。子どもたちは、海の恵みをいただく知恵と、それを支える人の手の温かさに、まっすぐ触れていきます。 今年の漁獲は、記録的に少なかったそうです。自然を相手にする漁の、正直な姿でもあります。それでも、島のおじいに教わりながら、とれた魚を自分の手でさばいていく時間は、何にも代えがたいものです。
継承の受け手は、島で生まれ育つ子どもたちだけではありません。久高島留学センターで寝食をともにしながら暮らす、島外出身の山村留学の子どもたちも、その輪の中にいます。
この日、初めて魚を一匹さばいた中学生は、「さばき方も事前学習してきたけれど、やってみると本当に難しい。でも、すごく楽しい」と笑顔を見せてくれました。別の生徒の保護者は、「魚を一人一匹おろすなんて、都会ではなかなかできません。しかも、とれたその場でさばいて食べる。子どもには本当に貴重な体験です」と話します。自分たちでさばいた魚は、温かい魚汁になりました。海から食卓まで、ひとつながりの時間を味わいます。
漁に協力した島の方は、こう話してくれました。「都会では体験できないことを、この島でたくさん経験してほしい」。こうして久高島は、先人から受け継いだ文化や暮らしを次の世代へとつなぎ、山村留学の子どもたちを通して、島の外へもつないでいるのかもしれません。
島の中でも、島の外へも。久高島が人と人をつないできた営みは、長く続けられてきました。では、同じ南城市に暮らす私たちは、久高島とどうつながれるでしょうか。





南城市の東方に位置する周囲約8kmの離島。琉球開闢(かいびゃく)の地と伝えられ、稲作などの文化がこの島から本島へ広がったとされる。今も、島の自然とともにある暮らしと祈りが受け継がれている。人口229人(令和8年5月末現在)。

島の日常や営みを発信する交流サイト「わたしとつながるシマ時間」とInstagramがあります。地域おこし協力隊が関わり、島の人々の声や日々のできごとを届けています。フォローすれば、いつでも島の今が手元に届きます。
島の外からも、楽しんで関われる取り組みがあります。昨年度の久高島特産品販路拡大事業で生まれた「利き塩セット」(下写真)は、島内の複数事業者の塩を集めたもの。その商品づくりでは、地域おこし協力隊が「島の魅力を伝える写真」を全国から募り、130枚の応募から選ばれた2名の作品(左写真)が、商品のポストカードなどになりました。
島外の人の「関わりたい」が、実際のかたちに。参加型の企画は、これからも予定されています。
©木塚雅貴
©nouris


そして、いつか島へ。船で渡り、島の時間に身を置いてみる。その一歩も、いつでも待っています。
島へは安座真港から1日6便運航しています。所要時間は、高速船で約15分、フェリーで約25分。島には訪れる際のルールがあります。詳しくは久高島公式サイト「久高のシマ時間」でご確認ください。
都市部などから地方へ移り住み、地域の活性化に取り組む人のことです。総務省の制度で、市町村の委嘱を受けて活動します。南城市では、甚田さんが久高島を拠点に、島と島外をつなぐ活動に取り組んでいます。
