最終更新日:2026年06月23日
「令和8年 南城市戦没者慰霊祭」(共催:南城市遺族連合、南城市)が、市グスクロード公園内の特設会場で執り行われました。戦後81年を迎えた今年、慰霊祭には沖縄県遺族連合会、南城市遺族連合、市役所関係者、市議会、市区長会、市老人クラブ連合会、市女性会など各種団体の代表や、一般の方などが参列し、沖縄戦で亡くなられた方々を祀った「慰霊之碑」に手を合わせました。
黙祷し戦没者を追悼
慰霊之碑へ手を合わせる
鎮魂と恒久平和の祈りに包まれる中、玉城中学校3年生の安谷屋陽菜さんと塀内綾音さんが、市の児童生徒を代表して弔辞を述べました。弔辞は、沖縄戦で命を落とした方々の犠牲の上に、いまの沖縄があることを深く考えて、二人で作成しました。
市の児童生徒を代表して弔辞を述べた安谷屋陽菜さんと塀内綾音さん
安谷屋さんは「いま自分ができることと、これからの平和を思いながら」と、塀内さんは「若い世代の中学生だから言えることは何かを考えながら」と、それぞれの思いを込め、慰霊之碑へ向かい弔辞を読み上げました。
今から八十一年前の沖縄には、今とは全く違う景色が広がっていました。あたりは一面の焼け野原、ガマの中にはひしめく人々、そして、死に向かっていく少年たち。戦争が終わったあとも、苦しい中、必死に生きてくれた人がいるから、私達は学校に行き、友達と笑い合い、部活に熱中することができています。今では、あの悲惨な記憶を持っている人も、日に日に少なくなり、世界では未だに戦争をしている国があります。
この不安定な世の中を、再び戦場にしないために私達ができることは、戦争について知ること、そして、戦争を昔のことと思わないことだと考えています。地上戦で多くの民間人を巻き込んだ沖縄だからこそ、小さい頃から沖縄戦について学んできました。
経験者による講話、資料館見学、調べ学習など、沖縄戦について学び続けていますが、どうしても「昔のこと」「当時と今は違う」と思ってしまいます。しかし、カラー化された写真集を見た時、そこにある日常は今も昔も変わらないと、感じることができました。青い空と輝く太陽に、焼け野原は似合いません。そして、そこに生きていた人々も、現代の私達と同じ心を持っていたのです。
私達はいつか、沖縄戦体験者がいなくなってしまった世界を、生きていくのでしょう。しかし、沖縄戦の記憶は、忘れさせません。次の世代へ受け継いでいくのは私達です。この重要な役割を深く胸に刻み、これからも沖縄戦について学んで語り継いでいきたいと思います。
