最終更新日:2019年10月19日
沖縄戦時の昭和19年に高等科1年生(現在の中学1 年生)だった呉屋さんは、校舎が兵舎となり、陣地構築のために動員されたこと振り返り「世界一強い日本軍のためにと信じていたいが、その後に真っ赤なウソだとわかった」と語りました。
戦火が激しくなり、公民館や自宅、防空壕なども日本兵が占拠し、追い出される形で現在の南城市内を命からがらで逃げ回った呉屋さんは、最終的に玉城で捕虜になりました。
生徒からの「逃げている時にお風呂に入ることができたんですか?」との質問に、「逃げている間は一度も入れなかったよ」と呉屋さんは答えるなど、ひとつひとつの質問に丁寧に耳を傾けました。
別の生徒から戦争が終わった時の気持ちを聞かれると「戦争は殺し合い、名誉なんてものはない。平和は人間にとって一番の幸せです」と恒久平和の大切さを訴え「みんなが気持ちよく過ごせるよう、沖縄のためにがんばってほしい」と期待を込めました。
呉屋さんは最後に「今日は私の戦争体験を若い方に伝えられてよかった」と謝辞を述べ、講話を終えました。
各クラスに戻り講話の感想文を書いた生徒達は後日、糸数アブチラガマを訪れる予定です。