海洋王国琉球と久高島の
海洋技術
久高島の人々はどのように海と関わりながら暮らしてきたのでしょうか。

久高島では古来より性別による分業体制が構築されており、女性は神人(カミンチュ)として祭祀を行い、男性は海人(ウミンチュ)として漁業に従事するという習わしがありました。
男性は日常的に海に出て仕事をしていたことからも、久高島は海と非常に深い関わりがあったと言えるのではないでしょうか。
さらに久高島のウミンチュたちは島の周囲だけで漁業を行っていたわけではなく、琉球王国時代から戦前まで奄美など南九州の島々から宮古諸島、そして台湾や南洋諸島まで、かなり広範囲にわたっていたということが分かっています。
18世紀から19世紀頃には、久高島民が刳舟(くりぶね)に乗って屋久島まで行っていたという記録があるのですが、その時に漁業だけでなく、船に様々な品物を積んで交易もしていたようなんです。つまり、久高島の人々は琉球王国の国境を越えて、薩摩藩と様々な交易を展開していたというわけです。
面白いのが、19世紀半ば頃に記録された奄美の民俗誌『南島雑話』には、フンドシ姿の久高島民が海に素潜りしてイラブー(ウミヘビ)を手づかみで捕っている姿が描かれているんです。つまりそれだけ当時の久高島の人々が、広く海に関わっていたということですね。
そして女性たちは、男性が漁に出て経済的な活動を行っている間、島での生活や子育て、祭祀などの全般を担当していました。漁に出ている父や兄など主に血縁の男性に対して、航海の無事を祈り霊的に守護するということも、島の女性の役割のひとつとして与えられていたようです。
海洋王国の琉球において、久高島はどのような役割を果たしていたのでしょうか。

久高島民は漁を行っていただけではなく、その優れた航海技術で琉球王国全体の貿易にも寄与していました。当時、琉球から中国へ向かう貿易船には久高島の人たちが乗組員として参加していたことが記録に残っています。航海のプロとして、琉球王府から声がかかったということですね。
また、琉球から薩摩藩へ貢納のため運航していた「楷船(かいせん)」にも、久高島の島民が参加して航海を手助けしていた歴史があります。
中国・福建省に「琉球人墓」という、貿易のため琉球から中国に向かう中、志半ばで亡くなった人たちを葬ったお墓があるのですが、その中に久高島の人の墓石があったことが確認されています。
そういったことからも、久高島の人たちは漁業だけではなく、広く海を渡って交易活動も行い、琉球全体の中で非常に活躍していたということが分かります。
久高島の信仰は、人々の暮らしや役割にどういった影響を与えていたのでしょうか。

久高島の漁師たちは、広範囲にわたって漁業活動や交易活動を展開し、琉球王国の貿易船にも同乗していた、いわば海に関わるプロフェッショナルでした。
ひとつ面白いエピソードがあるのですが、19世紀後半に薩摩の殿様が琉球の王に対して、久高島民を薩摩に連れてきて現地の漁師たちに水泳術を教えるようにという命令を出しており、実際に久高島民が4名薩摩に派遣され水泳を教えたそうです。薩摩にもその評判が届くほど、久高島の人たちの海洋技術が優れていたということが分かります。
離島というと外界と隔絶された孤島というイメージがあると思いますが、当時の久高島の人々にとって海は外界との壁ではなく、むしろ世界につながる道として捉えていたのではないでしょうか。
久高島のイラブー漁、そして琉球王府にイラブーを献上することには、どのような意味があったのでしょうか。

まず、久高島の人々が行っていたイラブー漁には2種類あると考えられます。これまでお話ししてきた漁師たちの交易活動においてのイラブー漁、そしてもう一つは島内でのノロの女性たちによるイラブー漁です。
島内でのイラブー漁にはノロが深く関わり、イラブー漁を行う権利を持っていたとされています。ノロ自身が海岸に出向いて漁を行っていたことからも、イラブー漁には宗教的な意味合いがあったと考えられます。
当時の人々にとって「ユイムン」つまり海からやってくる様々な寄物(よりもの)は、神々の世界からの贈り物という意味あいがあったため、神に仕えるノロがその役目を担っていたのだと思います。
そして琉球王朝への献上についてですが、イラブーには不老長寿や滋養強壮の効能があると信じられており、いわゆる健康食材として昔から重宝されてきた背景があります。元々、琉球料理には医食同源、沖縄の言葉でいう「命薬(ぬちぐすい)」という思想があり、その特徴をまさに体現しているのがイラブーだと言えるのではないでしょうか。
神の島である久高島の海からもたらされたイラブーは、琉球料理を特徴づける貴重な食材のひとつとして大切に扱われていたのだと思います。
久高島の特産品の魅力はどういったところにあると思いますか

これまでお話ししてきた久高島の歴史的な特徴をまとめると、大きく次の三つに分けられると思います。
まず一つ目は、集落の風景や人々の生活の在り方、そして自然において琉球時代の姿を色濃く残しているということ。
二つ目は、島の男性たちが島周辺での漁業だけに留まらず非常に広域的な活動をしており、海から世界へとつながり各地の人々と交易を行っていたということ。
そして三つ目に、実はこれまであまり注目されてこなかったことなのですが、穀物発祥の地であるということが大きな特徴として挙げられると思います。それは単にこの地で穀物作りが始まったという事実だけを意味するのではなく、それまでの時代にはなかった新しいものが生み出され、それが沖縄全土に広がり時代が大きく転換していったという観点からも、非常に大きな歴史的特徴だといえるのではないでしょうか。
だからこそ、久高島発の様々な特産品は、沖縄の古くて良いものを残しつつ新しいものを生み出し、沖縄だけでなく世界にも通じる商品として今後確立していくのではないかと思います。
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購入方法
南城市のオンラインショップ「なんじぃ商店」の他、
南城市地域物産館、安座真船待合施設売店、久高船待合施設売店などでご購入いただけます。
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沖縄県南城市知念字久手堅539番地1階
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沖縄県南城市知念久高