琉球王朝の信仰・精神性
から読み解く久高島
久高島は琉球王国にとって、どのような存在だったのでしょうか。

久高島は琉球王国時代から「国家的な聖地」として位置づけられていました。
琉球の創世神話では、アマミキヨという神が最初に七つの御嶽(うたき)を創ったとされ、その一つが久高島にある「フボー御嶽」だといわれています。沖縄に数ある御嶽の中でも特に格式高い御嶽が存在していることから、久高島が宗教的に大きな意味を持つ場所であると言えます。
また、同じく創世神話において、沖縄で初めて麦や雑穀などの穀物栽培が始まったのが久高島だとされています。人々が生きていくために必要な作物を育てる、その原点がこの島にあったという背景からも、琉球王国にとって極めて特別な場所であったことがわかります。
首里城と久高島には、政治・信仰面でどのようなつながりがあったのでしょうか。

琉球王国から見て、久高島は東方に位置しています。かつて琉球の人々が信じていた、はるか東方の海上にある神々の住む世界「ニライカナイ」、久高島がちょうどその方角にあたることから琉球で最も神々に近い場所、つまり聖地として位置づけられたという歴史があります。
そのため、17世紀頃まで琉球国王や神女組織の頂点に立つ聞得大君など位の高い人々が、毎年のように首里城から久高島を訪れ、穀物に関わる国家儀礼を久高島で執り行っていたそうです。
人々が生きていくために欠かせない「農耕」に関わる儀礼を国王自らが赴いて執り行っていたことからも、久高島がいかに重要視されていたかが伺えます。
もう一つ特筆すべきなのは、斎場御嶽(せーふぁうたき)で行われていた聞得大君の就任儀礼『御新下り(おあらおり)』です。この儀礼では、久高島のノロ(神女)たちが斎場御嶽に出向き、聞得大君に霊力を授ける役割を担っていたのですが、実はこれは非常に異例なことです。
というのも、聞得大君を頂点として琉球全土に張り巡らされた神女組織のヒエラルキーにおいて、久高島のノロは制度上は特段高い地位にあったわけではないんです。にもかかわらず、琉球王国の頂点に立つ聞得大君の就任儀礼に同席し霊力を授けるというのは例外的であり、それだけ琉球全体の神女組織の根幹に久高島が深く関わっていたということを示しています。
久高島の信仰は、人々の暮らしや役割にどういった影響を与えていたのでしょうか。

久高島では琉球王国時代から様々な宗教儀礼や祭祀が行われており、それが今なお連綿と続いています。12年に1度行われていた「イザイホー」は後継者がおらず残念ながら既にほぼ途絶えてしまったのですが、それ以外にも年間20回以上の祭祀が行われています。
それだけ信仰というものが日常に深く根付いており、祭祀行事に合わせるような形で人々の暮らしがあるのだと思います。
また、集落の在り方も信仰に基づいていると言えます。久高島に神々の住む「クサティムイ」という森があるのですが、その森を背にして集落の草分けの家「根家(ニーヤ)」があり、そこから南の方角に子孫たちが集落を展開しています。これは沖縄の典型的な古い集落の在り方で、久高島にはまさにその形が今でも残されていて、家々のルーツを元に宗教祭祀が行われているというところが非常に興味深いです。
上里さんから見た久高島の価値や魅力は、どういったところでしょうか。

まず、海や森といった沖縄の自然の原風景が残っていること。そして、琉球の歴史の中で培われてきた祭祀や文化が特に色濃く残っていること、これらが久高島の大きな魅力だと思います。
面白いのが、久高島には「地割制度」という制度の痕跡が今でも残っているんです。
久高島というのは国有地を除いて島全体が共有財産になっていて、島民が土地を借り受けるような形で集落が成り立っています。それはまさに琉球王国時代の在り方そのもので、少しずつ形を変えながらも現代まで続いているというのは、まさに歴史を感じるところです。
例えば、海外の大きな資本がやって来てホテルを建設したいと言っても久高島ではできません。外から見ればリゾート的に見える美しいビーチも、島の人たちにとっては生活の舞台であって、「イノー」と呼ばれるサンゴ礁の内海に住んでいる魚や貝を捕って食べて暮らしています。それはリゾートや観光ではない本来の海の使い方、在り方で、自然だけではなく文化のあり方もしっかり保全されている状態です。
土地制度のおかげで、島の古い姿が今も生きた形で残っているというのは、やはり他にはない久高島の魅力だと思います。
私たちが久高島を訪れる際に、知っておくべきことはありますか?

久高島を訪れると、海の美しさや自然の豊かさ、集落の昔ながらの雰囲気などに心が癒されると思います。でもそれだけではない、歴史が培ってきた島の人たちの世界観や生活の営みなど、目の前に見えるものとは違う
“もう一つの世界”
を感じてもらいたいですね。
生活の場としてのイノーの風景や、草分けの家を基準にした集落の成り立ち、集落の背後にある神様の住む森など、久高島の歴史や文化、生活の在り方について知識を持ったうえで久高島の風景を見ることで、島の本当の魅力というものが体感できるのではないかと思います。
また島に宿泊して東の海岸から朝日を見るというのは、ニライカナイから太陽が昇ってくるという、まさに琉球の古代の人たちが信じていた世界を肌で感じられる体験です。
ゆっくり滞在して、全身で久高島を感じてほしいですね。