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2011年9月26日

玉城地区無形文化財

玉城地区無形文化財

親田御願(ウェーダウガン)

南城市指定無形民俗文化財

稲摺節(イニシリブシ)

南城市指定無形民俗文化財

百名の長者の大主

南城市指定無形民俗文化財

前川の長者の大主

南城市指定無形民俗文化財

前川の寄鍬(ユシグェー)

南城市指定無形民俗文化財

前川のアヤグ

南城市指定無形民俗文化財

玉城の獅子舞

南城市指定無形民俗文化財

志堅原の醜童(シュンドウ)

南城市指定無形民俗文化財

親田御願(ウェーダウガン) 南城市指定無形民俗文化財

親田(ウェーダ)御願の由来

仲村渠に伝わる伝説によると、未だ沖縄の人々が稲という穀物を知らない昔、仲村渠の屋号アマスの祖先であるアマミツ(仲村渠の古老によると、開闢神話のアマミキヨとは別人とされている)が中国の使者として琉球から遣わされ、彼の地から稲を持ち出そうとしたが中国では持ち出し禁止のため果たせず、その後に伊波按司(うるま市石川伊波集落の屋号ナカジョーの祖先といわれる)と言う人が中国へ使者として遣わされた時に再び請うて彼地の役人の機知により、示し合わせて鶴をもらい受け琉球に帰った。そして伝書鳩のように飼いならして、中国に飛ばして、ついには密かに中国から稲を持ち出せるのに成功したという。
その鶴がアマベー(嵐)にあい落下したところがメーヂであり、鶴を探させるために仮小屋を建てて住まった所が、百名の東方にある伊波ガーの付近であるという。井戸の名は伊波按司の名前にちなんでいるとされ、その一帯をイハガー原と呼ばれている。
メーヂで芽を出した稲は水の豊富な受水走水の周辺のミフーダに移され、仲村渠の屋号アマスのアマミツと、字百名の屋号アシト(安里)、及びウフメー(大前)の先祖三人がそれぞれの方法で栽培を試み協力しあって、終に成功にこぎつけたと伝えられている。
かつてはこのウェーダの日に字仲村渠から、アシトゥとウフメーにウンサクが供えられたという。
戦前まで、このウェーダ御願の行事が済まないと、この地方一帯の田植えは始まらなかったといわれる。

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●沿革

伊波普猷は、昭和10年に講演した内容を、翌年訂正増補した論文「南島の稲作行事について」の中で、奄美諸島の徳之島や鬼界島にもアマーウェーダのクェーナが残っているので、慶長の役(1609年)以前からこの行事は各地にあったと断言しておられる。
また山内盛彬も、その著書「琉球王国古謡秘曲の研究」に仲村渠のクェーナとともに浦添の字沢岻と字西原のアマーウェーダを収録しておられる。
以上のことから、この行事は、およそ380年も前からすでに南西諸島一帯に広く行われていたものと考えられる。
しかしながら、これらクェーナは現在歌われているところはほとんどないとみられ古謡であるアマーウェーダのクェーナが、仲村渠で現在でも歌い継がれているということはきわめて重要である。
仲村渠では戦後はウェーダの行事は関係拝所に止まり、田植えの儀式やクェーナの歌が省略されていた。
部落行政に祭祀委員会が設置された後、1989年(平成元年)から従来の関係拝所の拝みだったのに加えて、田植えの儀式や、ユーエーモーでの四方拝、クェーナ、倉元屋敷での予祝などを復活した。

●現況

親田御願(ウェーダウガン)は、字仲村渠において、戦後はウェーダの行事は関係拝所に止まり、田植えの儀式やクェーナの歌が省略されていた。
区行政に祭祀委員会が設置された後、1989年(平成元年)から従来の関係拝所の拝みだったのに加えて、田植えの儀式や、ユーエーモーでの四方拝、クェーナ、倉元屋敷での予祝などを復活している。
現状となると、

  1. 社会状況の変化により、戦前の行事のやり方から次のような変化が生じてきている。
  2. 従来、ニーチュ(根人)がおこなっていた稲の苗作り、及び仲村渠のミフーダがなくなったことにより、仲村渠祭祀委員の人が儀式用に自宅で苗作りをしている。
  3. 祭祀用の供物入れのウクファンが重箱に変わった。
  4. クェーナの伝授も未だ十分といえない。また「立グェーナ」も本来は帰途に歩きながら歌うものであるが、現在は乗用車の利用により、ユーエーモーで少々歌われる程度である。
  5. 屋号倉元(現在の我那覇前の屋敷)での予祝は前庭に円陣をかいて廻りながら予祝の歌を歌っているが、本来なら稲マジンの周囲を廻るやり方である。

この親田御願では祭礼の中で行われる行事として価値が高い。
※親田御願は字百名の親田、ユーエーモーで行われるが、継承団体は字仲村渠である。

稲摺節(イニシリブシ) 南城市指定無形民俗文化財

●稲作発祥地の一つ

稲摺節は、稲作の発祥地にちなんで古くから字百名で受け継がれている。
8名で踊る前踊りは昭和3年に作られ、その後、型が変えられ現在に至っている。
前踊り8名で、天美津(アマミツ)が三穂田に田のこしらえ方、籾の播き方から収穫までの手順を教え、豊かに実った稲の刈り取りを祝う踊りを行う。
稲摺節の曲にあわせて主ヌ前を先頭に杵持ち2名、稲摺2名、ユイ持ち1名、臼かつぎ1名、赤髪1名、パーランクー打ち1名計9名が踊る。
浦原の稲の豊作の様子から、稲すり、米つき、ゆい持ちで作業の動作を表現し収穫の喜びを表現している。主ヌ前はくば扇で稲すり、米つきをあおぎ、赤ヒザーはトツクイをかついでパーランクー打ちとともに、おもしろおかしく踊る、臼かつぎは臼を置いて後は手拍子とかけ声をかける。
稲摺節は、南城市玉城が稲作の発祥地であると同時に、字百名で踊られ、字民の誇りとされている。

百名の長者の大主 南城市指定無形民俗文化財

●長者の大主とジレー大主

長者の大主が、旧暦8月10日の吉日に子、孫をひき連れて畑めぐりをする。そのとき、国廻り中の大主に会う。
ジレー大主にこんな年寄りが何をしているのかと聞かれ、長者の大主は作物の出来具合を見に来たと答える。ジレー大主は天美津の伝えの五穀の種を伝授してその作り方を細かく教える。
長者は子孫と共におし載いて子孫の踊りをお目にかける。子供たちは御前風と扇舞して、三男が口説ベーシを踊る。ジレー大主はすばらしい出来ばえとほめて、これから東方の村々巡りに行くと立っていく。長者はそれを見送ってから子や孫を引き連れてスリサーサーを繰り返しながら退場していく。
この長者の大主は古くから伝授されたといわれ、旧暦の8月10日に生まりの御願(ウガン)に演じられてきた。他の御願でも大主は演じられているが、字百名の長者の大主は、独特の舞踊であり、芸能の変遷の過程を示すものである。

前川の長者の大主 南城市指定無形民俗文化財

●長者の大主とアマミキヨ

沖縄本島各地で祭りなどに演じられる祝賀の芸能で、集団演舞のひとつである。
白髪の老翁の姿をした長者の大主が右手に扇子、左手に杖を持ち後ろに子供と孫を現す黒地紋服姿の二才(青年)と、振袖姿の若衆(未成年者)を従えて、御嶽や殿(トゥン)の前庭で祝言を述べる。
祝言は、百二十歳の齢を願うわが身は、大勢の子孫にかこまれて幸せであることを述べ、国の繁栄を讃えて予祝する。
側に控えた二才(青年)や若衆が次々に立って村の繁昌を願って「豊年口説」などの祝賀の踊りを演じる。
字前川に伝わっているこの演舞は、大主が大勢の子孫を引き連れて畑めぐりをしている時、アマミキヨに出会い五穀の種物を授かり万人に広げるようにたのまれる。百七歳の大主は、アマミキヨより長者の位を戴く長者の大主は、自分の子供、親雲上、筑登之、三者に言いつけて種物を万人に広げさせる内容になっている。

前川の寄鍬(ユシグェー) 南城市指定無形民俗文化財

●伝えられる農村風景

徳元佐二氏(安舎慶小)によって、「寄鍬」という芸が真和志間切上間村より伝授されたのが嘉永6年(1853年)である。
「寄鍬」は、当時の農作業の状況を演劇化したもので、字前川によって保存され、今日に至っている。
出演人員は、24名で構成されている。鍬で畑を耕し、ウズンビラで田を掘り起こし一生懸命に働く農民たちの姿、指笛を吹く者、鐘を叩く物、声を張り上げる者まさしく農村風景を舞踊化あるいは劇化したように思われる。

前川のアヤグ  南城市指定無形民俗文化財

●協同の力を表現

アヤグの踊りは、宮古のアヤグ節の歌詞に農村青年の雄姿を振り付けしたものである。
服装は、頭に紫の鉢巻(マンサージ)をむすび、長袖ジバンに黒帯びでたすき掛(マヤーガキ)をし、足には白黒の縦縞のキハンを巻き腰の右後には、煙草入れ(フジョー)を下げる。
このアヤグは、西暦1872年(明治6年)頃、前川村の赤嶺治八翁が首里の御殿つとめの頃、前川村で創作されたもので、農作業を終えて帰りの若者達が夕暮れ時に広場などに集まり、腕比べや力試しの雄姿を舞踊化したものと言われている。男踊りとして力強く、団結して働く青年、農村の発展は協同の力が第一だということを表現した踊りである。

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●協同の力を表現

アヤグの踊りは、宮古のアヤグ節の歌詞に農村青年の雄姿を振り付けしたものである。
服装は、頭に紫の鉢巻(マンサージ)をむすび、長袖ジバンに黒帯びでたすき掛(マヤーガキ)をし、足には白黒の縦縞のキハンを巻き腰の右後には、煙草入れ(フジョー)を下げる。
このアヤグは、西暦1872年(明治6年)頃、前川村の赤嶺治八翁が首里の御殿つとめの頃、前川村で創作されたもので、農作業を終えて帰りの若者達が夕暮れ時に広場などに集まり、腕比べや力試しの雄姿を舞踊化したものと言われている。男踊りとして力強く、団結して働く青年、農村の発展は協同の力が第一だということを表現した踊りである。

玉城の獅子舞 南城市指定無形民俗文化財

●村を護る

字玉城の獅子舞は、古くからの伝承で、むらの守り神として信仰されてきた。
獅子舞を上演する際には、字民が祈願をして演じたようである。現在、字玉城以外で演じる場合は、屋号ナーカで祈願をし獅子を持ち出して舞を演ずる。
鐘、三味線、ショーグに合わして、先導者が自由自在に獅子を舞いさせる。

志堅原の醜童(シュンドウ) 南城市指定無形民俗文化財

●受け継がれる芸能

醜童は、琉球古典舞踊として演じられている。特にこの踊りは仮面を顔につけているのが特徴である。
この踊りはシュンドウ節、ソレカン節、ヤレコシノ節の3つの節で構成されている。 美女2人と醜女2人が胴衣下袴姿で登場して、美女は自分自らの美しさを誇り、醜女は自分自らの貞操を自慢して互いにゆずらないが、ガビジラ(紙面)をつけた醜女はあまりに醜く観客の笑いを誘う。醜童の踊りは他の字でも多く演じられている。

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