「琉球王国のグスク及び関連遺産群」
(Gusuku Sites and Related Properities of the Kingdom of Ryukyu)
2000年12月にオーストラリアのケアンズで開催された第24回世界遺産委員会において日本政府から推薦されていた、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」が世界遺産に登録されました。 日本国内では11番目の世界遺産となるこれらの遺産群は、琉球が統一国家へ向けて動き始めた14世紀後半から王国が確立した後の18世紀末にかけて生み出されたもので、国の重要文化財(建造物)、史跡又は特別名勝に指定されている今帰仁城跡(なきじんじょうあと)、首里城跡(しゅりじょうあと)、中城城跡(なかぐすくじょうあと)、座喜味城跡(ざきみじょうあと)、勝連城跡(かつれんじょうあと)、識名園(しきなえん)、園比屋武御嶽石門(そのひやんうたきいしもん)、玉陵(たまうどぅん)、斎場御嶽(せいふぁうたき)の9カ所からなります。
斎場御嶽とは
御嶽とは、南西諸島に広く分布している「聖地」の総称で斎場御嶽は琉球開びゃく伝説にもあらわれる、琉球王国最高の聖地です。 御嶽の中には、六つのイビ(神域)がありますが、中でも大庫理・寄満・三庫理は、いずれも首里城内にある建物や部屋と同じ名前をもっています。当時の首里城と斎場御嶽との深い関わりを示すものでしょう。 はるかなる琉球王国時代、国家的な祭事には聖なる白砂を「神の島」といわれる久高島からわざわざ運び入れ、それを御嶽全体に敷きつめました。その中でも、最も大きな行事が、聞得大君の就任式である「お新下り」でした。斎場御嶽は、琉球国王や聞得大君の聖地巡拝の行事を今に伝える「東御廻り」(アガリウマーイ)の参拝地として、現在も多くの人々から崇拝されています。

御門口(ウジョウグチ)
御嶽内へ入る参道の入り口です。右側には、六つの香炉が据え置かれていますが、これは内部にある拝所の数を示すものです。
大庫理(ウフグーイ)
御門口から登っていくと左手に見える最初の拝所です。大広間や一番座という意味を持っており、前面には、磚(せん)の敷かれた祈りの場(ウナー)があります。
寄満(ユインチ)
大庫理の岩をぐるりとまわった反対側にあります。寄満とは、王府用語で「台所」を意味しますが、貿易の盛んであった当時の琉球では、世界中から交易品の集まる「豊穣の満ち満ちた所」と解釈されています。
三庫理(サングーイ)
二本の鍾乳石と、三角形の空間の突き当たり部分は、それぞれが拝所となっています。また、東側には海の彼方に久高島を望むことができます。
ウローカー
国道331号線から山側へ30mほど入った所にある泉です。その昔、斎場御嶽に入る際は、このウローカーでみそぎをしました。現在でも参拝されています。
用語説明
東御廻り(あがりうまーい)
琉球民族の祖といわれる〈アマミキヨ族〉が渡来し、住みついたと伝えられる知念・玉城の聖地を巡拝する神拝の行事。 首里城を中心に、大里・佐敷・知念・玉城の各間切を東四間切または東方(あがりかた)ということから、知念・玉城の拝所巡礼を〈東廻り〉と称したものである。〈今帰仁ヌブイ〉と同じく、沖縄中の各門中が拝む風習があった。久高島は麦の発祥地、同じく知念のウファカルと、玉城の受水走水(三穂田)は米の発祥地として国王及び聞得大君が参詣したことから、沖縄中の各門中も拝むようになったという。
御新下り(おあらおり)
聞得大君が最高神職に就任する儀式首里における儀礼を終え、大里間切与那原(おざとまじりよなばる)にあったいくつかの要所を経て、知念間切(ちねんまじり)にある斎場御嶽に入り、2日間に及ぶ数々の儀式を執りおこなった。 聞得大君は、聖水を額に付ける「御水撫で(うびぃなでぃ)」の儀式で神霊を授かり、神と同格になったといわれる。 御仮屋(うかりや)が建てられたり道路が整備されたりと、その準備には数か月も及んだという。琉球王国で最大規模の行事。
聞得大君(きこえおおきみ)
聞得大君とは「最も名高い神女」という意味で、琉球の信仰における神女の最高位の呼称。聞得大君は、琉球王国最高位の権力者である国王と王国全土を霊的に守護するものとされた。そのため、国王の姉妹などおもに王族の女性が任命されている。 琉球全土の祝女(ノロ)の頂点に立つ存在であり、琉球最高の御嶽である斎場御嶽を掌管した。 初代(1470年)から15代(1875年)までの約400年余りにわたって、琉球王府の神事を担った。
アマミキヨ
琉球民族の祖霊神と言われている。 琉球の神話では、日の大神(天にある最高神)は琉球を神の住むべき霊所であると認め、創世神・アマミキヨに命じて島づくり国づくりを命じる。天上より琉球の地に降りたアマミキヨは、この命を受け、沖縄本島をつくったとされる。 現在では、アマミキヨによってつくられた聖地のうち7つが琉球開びゃく七御嶽として語り継がれ、琉球の信仰において最も神聖な御嶽として位置づけられている。
琉球王朝時代の神事がおこなわれた、神の島と呼ばれる島。
知念(ちねん)半島の東約5kmに位置し、周囲7.75kmの小さな島です。琉球開びゃくの祖アマミキヨが天から降りて最初につくったとされている島で、五穀発祥の地、神の島と呼ばれています。また、歴代の琉球国王は久高島参詣を欠かすことはありませんでした。久高島には、12年に1度、午年に行なわれる祭事・イザイホーに代表されるように神秘的な祭事がそのまま残っているため、民俗的に貴重な島として注目されています。
緑の館セーファ
(歴史学習体験施設及び斎場御嶽へのお問い合わせ)

緑の館 沖縄県南城市知念字久手堅270-1(案内図) 電話番号098-949-1899 |